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このページでは精神保健福祉士として、日々の業務で感じること、精神保健福祉分野について、思うままに書いてみます。
かつて相談員をしていた琵琶湖病院認知症疾患センターの名称が「ビスタり」でした。ネパール語で「ゆっくり・ゆったり」の意味があるそうです。今でもこの言葉をとても気に入っていまして、いつか独立したら使いたいなと思っていました。
※類似商号で訴えられないか、ひやひやしています。笑えませんね。
私は、自他ともに認める「日本酒」好きです。開業当初は、自らで日本酒の会をしていたほどです。独身の頃は毎日毎日あけてもくれても晩酌をしていたと思います。阪神タイガースが勝ったら、祝い酒。負けたら、やけ酒。正月、お盆などのイベントのたびに飲んでいました。結果的にお酒で繋いだ縁もあったし、失敗したこともありました。
もともと、精神保健福祉分野に興味を持っていた学生時分に、断酒会やAA、ダルクといった依存症関連の団体に見学に行く機会がありました。参加者から語られるリアルな現実に恐ろしさすらを感じましたし、大好だった叔父もアルコール依存症でなくなっていたこともあって、自身ではアルコールはで身を滅ぼしかねない物質であることはうすうす感じながら、毎晩酒を飲んでいたように思います。依存症には意志の力は働かないとわれますが、この私の行動を見てもわかります。
そんな私ですが、司法書士試験に合格し仕事が多忙になり、二人の子育てをしていると、加齢に伴いお酒が美味しくなくなっていきました(飲めなくなっていきました)。それに加え、コロナウイルスが流行し、酒を飲む機会が激減しました。
家族からも「長生きしてほしい」と常にいわれていたので、一念発起してお酒減らそうかなと思いました。しかし、それがなかなか止められないのです。飲むことが癖になっていて、依存症とまではいわないにせよ、「習慣飲酒」していたことに気付きました。そのとき、たまたま作家の田口ランディさんのブログで「休肝日で人生がかわるよ」というたいとるの記事をみました。週3日の休肝日で人生がかわると。私は2020年から週1日の休肝日を設けることから始め、21年には週2日、22年には週3日の休肝日を設けることに成功しました。週2の休肝日を習慣にする過程がつらかったです。
休肝日を設けた結果、睡眠の質は格段にあがり、翌日は心身は安定しているように思います。2022年の特定検診ではメタボも解消され、血液検査の数値にも反映されるようになりました。今年は本来なら週4日の休肝日をもうけるところですが、今年はまだ週3日で止まっています。来年は週4日の休肝日を設けることに挑戦します。最終的にはアルコールはやめたいです。ここが目標になります。
ですが、今でも私は、お昼ご飯を食べない日の夜、ストレスが過度にかかった日の夜は、休肝日でも強烈な飲酒欲求にかられます。その場合は、兎にも角にも炭酸飲料や何かおなかに入れて、血糖値を上げるようにします。また、お昼ご飯をしっかりとたべ、胃もたれを起こすくらい食べますと、夜の飲酒欲求はかなり軽減できます。
何の依存症にしても、依存できている間は、本人が思いこむ辛い現実から目がそれることができます。人は易きに流れてしまいますので、どうしても繰り返し繰り返し依存して習慣化し、依存症の病名がつきます。自分が依存しやすい認知パターンがあるという傾向をつかみ、その性格とどう付き合っていくか。私の場合は、自身の弱いメンタルにはアルコールはできるだけ遠ざけながら、自分の性格と付き合っていこうと思っています。
悪い習慣を作ったのが自分なら、良い習慣を再度獲得するのも自分なので、絶対に達成できますよ!私でできてきていますもの。(R5.4.26)
私は生粋の精神保健福祉士と思っています。業務の関係で社会福祉士の方と仕事をすることが多いです。また、大学院での学生の方の多くは社会福祉士の方です。
平成17年10月に公布された「障害者自立支援法」以降、三障がいが一元化されて、そもそも~障がいで区別する必要がないはずのなのです。しかし、精神医療の歴史的背景や資格化の経緯があってか、精神障がいとそれ以外の障がいとの間でいまだに見えないカーテンみたいなものを感じます。
対象のクライアントの方が、たとえどのような障がいがあったとしても、ワーカーサイドの得意不得意、興味等で関りの動機づけに高低があってはいけないと思います。
あるNPO法人の精神保健福祉士さんとお話ししていて、精神保健福祉士は特にクライアントと援助者との間で「境界」を大切にするよねという話をしていました。一見すると、境界があるのは、冷たい印象をうけます。しかしクライアントと援助者との関係はあくまで中立です。関りが増える中で信頼関係が生まれると、それに合わせて感情移入しやすい素地も生み出してしまいます。言い換えると「なあなあな関係」では、その中立である関係性のバランスが崩れて、一方的な思いだけで援助を起こしてしまうおそれもあるわけです。なので、中立に冷静に援助者としての立ち位置を明確にしてこ援助にあたるべきです。案外、「何かよいことをして上げている」と意識に囚われて、境界を曖昧にしたまま援助して、自己満足に浸っているソーシャルワーカーさんが多いように思います。
精神保健福祉士は、特に精神やこころといった部分に敏感に慎重に介入する援助者なので、この境界が曖昧のままではクライアントを容易に傷つけてしまう立ち位置にいることになります。なので、我々は関係性の「境界」に対してはこと重要視していると思います。しかし、これは社会福祉士であれ、対人援助職一般に必要な視点だと私は考えます。(R5.2.15)
専門職後見人として活躍する司法書士が増え、司法書士でありながら、私のような福祉資格を取得されている法律職の人をみかけるようになりました。成年後見業務は、収益性だけを考慮するととても割に合わない仕事です。一応、法律行為と事実行為に分けて、本人の法律事務に関することを成年後見人という立場で行います。ですが、周りの期待は法律行為だ事実行為だといったところで、する人がいないからやむを得ずしなければならないことが沢山あります(介護介助、日用品の買い出し、通院の付き添い、掃除、話し相手などなど)。法律上、しなくてもよい(してはいけない)ことでもあるので、割り切ってしまえば、一応成年後見人としては、義務違反には問われないことでしょう。もともと、司法書士の方が、対人援助職に向いているかといえば??なので、渡りに船かもしれませんが。1年に1回だけの面会、お金の管理だけをすればいいというならば、確かに楽なのかもしれません。そのように割り切れない私は、本来法律職には向いていないのかもしれません。
司法書士の多くは、司法書士試験に合格するために死に物狂いで勉強された方々なので、合格後は「稼ぎたい!」と強く思われているのではないのでしょうか。それに、意識しなくても、周りから「先生」「先生」とはやし立てられますから、そうなってしまうのでしょうね(決してそれがいい悪いという話ではありません)。
そんな司法書士の一般的な雰囲気に私は5年たっても相変わらず馴染めない自分がいます。先日、ケースカンファレンスをしていて、私のアイデンティティはやはり福祉職なのかなという気がします。相談援助業務の一つの手段として法律を使っているという意識で仕事をしています。(R3.12.7)
本年の後期から梅花女子大学で水曜日の午前中、非常勤講師をしています。このご時世、zoomやmeetを使って非対面の授業なのです。
職能団体の講演になると、非対面であっても割に顔を出されて、講義を視聴される方が多いです。私の大学での講義では受講生全員、顔を出さずに授業を視聴されているため、リアクションや存在がわからないのです。別に寝ていてもいいし、多少は遊んでいてもやはり個々の表情や存在を見ないと不安になるのは、私だけでしょうか。
少人数の面談は、なんとなく非対面でもできるという自信がつきましたが、講義はやはり対面がよいなと感じています。例えば、夜に子どもがトイレに起きた際、不安で親を起こして、同伴させます。暗くて視覚的にはぼやってしても、そこに人がいているというだけで、安心感を覚えるようです。その感覚は、PC画面を通してではわからない。たとえ目に映っていなくても、静かでも、そこに人がいるだけで、見聞きすることができないくらい小さな人の物音、息遣い等の雰囲気を全身で感じているのではないでしょうか。一人で生きていけないという意味をしみじみ感じています。(R3.10.8)
ホームページの写真撮影のために、尼崎のフリーカメラマン「谷文彦」さんに来所していただき、自分の写真を撮影してもらいました。自分がいかに加齢していたか理解できました。それはさておき、賞味2時間でしたが、色々な機材で、様々な角度から200枚強撮影してもらいました。被写体はもちろん悪いですが、プロの撮影技術でカバーしてもらい、自分らしさが出ている写真が何枚もありました。やはり餅屋は餅屋、満足度が違います。笑顔や歯を出すのは、正直気がひけましたが、谷さんのアドバイスで笑顔の写真もありだなと思うようになり、このホームページで掲載することに。交通費込みで2万円でしたが、周りの反応も上々で、非常に費用対効果もよく、私自身は大満足です。ありがとうございました。
r3.4.8
コロナ禍の中にあって、それほど売り上げには影響がないように思います。というか、ほとんど仕事がない月もありますし、成年後見業務を中心にしているという当事務所の特性があるからかもしれません。ただ、顧問業務という形態があまりない司法書士業界ですので、自営の場合は固定売上が望めず、波がある方が多いのではないでしょうか。冗談ではなくて、1月、2月は例年暇なのですが、昨年1月は4万円、今年の1月も4万円と散々たる売上。笑えませんが、たまに100万円を超える月もあります。カップラーメンをすする月と外食できる月があります。できたら、できれば、毎日温かい昼食がとれるようになりたいですね。r3.1.28
私が所有する事務所の営業車は、このスーパーカブです。21歳の時に実家近所にあった解体屋でたしか5万円程度で購入しました。このスーパーカブで琵琶湖を一周し、岐阜ー長野間の野麦峠を越え、泉北ー和泉の通勤を支え、佐賀県伊万里市のワーカー時代にも連れていったくらいに、とても思い入れが深い原付なのです。「碧(あお)色」の車体は20年たってもまだまだ現役。私の仕事の足を支えてくれます。事務所を中心に、南は桐生、東は守山、北は近江舞子までのっています。お客様から「そろそろ車をかったら?」と言われますが、確かに事故のリスクが高いことを考えると無茶はやめようかなとは思っています。しかし、基本大津市内の営業はこれで行きたいと考えています。やっぱり長年の付き合いがありますから。
「赤かぶ検事」ならぬ「碧カブ (ソーシャル)ワーカー」です。「あおカブさん」とでも呼んでもらいたいです。r3.1.6
長期入院された方は様々な要因で退院するのにも時間がかかります。
私の古巣である琵琶湖病院の認知症病棟でも同じ状況でした。
認知症の方が、在宅や施設で精神症状が悪化し、精神科の門を叩かれます。
さて、入院したら3ヶ月で退院(または転院)
という話は、まことしやかに言われていますが、多くのかたの周知の話だと思います。嘘か本当か。
医療経済的観点からすると診療点数(逓減的に下がっていく)のこともあって、病棟によっては3ヶ月で区切りたいという病院事務方の思惑もあります。また急性期や慢性期で病院機能を分けたい、ひいては社会保険費の抑制につなげたいのが国の思惑。
認知症病棟の現場にいてた時に感じていたのは、3ヶ月という期間がまんざら当てずっぽうな話ではなくて、精神症状が出ていた方は3ヶ月もあれば、薬や環境調整で大体は落ち着かれていたなぁと感じます。
ただ要は退院が問題で、特別養護老人ホームなどは3ヶ月は部屋を確保しておくが、それ以上退院が延びた場合は一旦契約を解除するところが殆どだと思います。
精神保健福祉士時代の上司である松田桜子医師(認知症専門医、琵琶湖病院副院長)が、在宅で介護をされていた方が入院し、退院後も在宅で受け入れるのは、やはり入院期間は2ヶ月位が限界と話されていたのを記憶します。つまり、在宅で介護を頑張ってこられた親族が、大変な被介護者を入院させて、介護しない生活になれてしまうと、もうあの時のように苦労した生活には戻ることができなくなる。言い換えると介護へのモチベーションが保てなくなるのですね。
なので、在宅退院を目指す際は、入院1ヶ月後位から退院の調整にはいっていたと思います。
話は少しそれますが、入退院時にソーシャルワーカーとしての調整技術が求められます。具体的には、社会保障制度知識や介護事業所の情報収集、コネクション等が求められます。本人の状態、資力、家族の協力体制、施設の介護力(これの峻別が難しい)これらを総合して、本人のニーズにより適合するであろう介護・医療サービスを張り巡らせて、退院の道筋をつけていきます。
何でもかんでも手当たり次第に施設に申し込む、ケアマネに丸投げされる病院ソーシャルワーカーさんがおられるようですが、甚だ対応としては疑問ですね。
私なんかは、在宅や施設に退院されて、また状態が悪くなって再入院になると目も当てられない気持ちになりました。自分の施設の選定が間違えていたということにもなります。
あちこち、たらい回しにされて1番不利益を受けるのは、紛れもなくご本人なのですから。
もとい、何が言いたいかというと、入院期間3ヶ月という話は、医療的、経済的そして社会的にも(一応)理にかなっているのではないかと私は感じています。
昨年末、親友とzoomを使っての飲み会を初めてしました。
自宅であるがゆえに、酒や肴はエンドレスにあるため、あっという間に3,4時間。体に毒だなと感じたのは、さておき。
コロナウイルスが蔓延して、成年後見で面会制限が継続され、被後見人の方の半分は半年以上面会できていません。あと対面での相談の件数も減っています。私なんかは、フットワークの軽さや相談面接技術を売りにしているとこともあって、対面制限があると本当に困ります。面接や相談時に来談者の方の表情や仕草などの所作から読みれる要素もたくさんあったり、雑談の中にヒントがあったりするので、やはりテレビ電話通信等を利用した非対面の対応だけでは、それらを得るには限界がありますね。
飲み会をした親友の会社でも、テレワークや非対面営業が増え、なかなか顧客との信頼関係やあらたな商機をつかむ機会が減ったと嘆いていました。こんなご時世で無理もできませんが、ポケベル時代からガラケーそしてスマホを知る「移行世代」の我々には、この「非対面の増加」は、単に人と会わずに済む、出社しなくて済むとは思えなくて、逆に対面することの意味を深く考えるきっかけになったと感じています(r3.1.3)。
当事務所には様々な相談やお悩みの方がこられます。
一人で不安を抱えずに、どうぞお話にお越しください。
不安を吐露するだけでも気持ちが落ち着いたり、考えが整理できたりします。
精神保健福祉士は、相談援助業務のプロフェッショナルです。じっくりとお話を傾聴します。ゆっくり、ゆったり、ボチボチいきましょう。